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15 June

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08 June

ECHO06:返す答えは

※BL※





「好きだって言ってんの、日野川の事」

 立ち聞きなんかする気は無かった。
 ただ、バイトまでの時間つぶしに寄ったこのファーストフード店で偶然友人がいるのに気付いたので、声をかけようとしただけだった。一言声をかけて、そのまま去るつもりだった。
 まさか、その友人が告白される瞬間に居合わせてしまうとは思わなんだ。
 ここに割って入れる程空気が読めない人間ではない。気配を悟られぬよう、足音を殺しその場を後にした。
 店を出て、バイト先近くのコンビニで物を物色しつつ、杉江は内心穏やかではなかった。
 友達に先に彼女ができることへの嫉妬だろうか。いや、この胸中に沸く黒い感情は……
 自らの感情を掻き消すように、杉江は下唇を噛み締める。

――俺は、あんたとは違うんだ。

 いつまで経っても頭から離れない、憎い男の笑顔を思い浮かべながら、杉江は今日も1人、自分を殺していた。


*



「お前なんか嫌いだ……」
「……古典1位のことそんなに根に持つことないだろ」

 教室のドアを開けるなり、何故か廊下まで聞こえていた喧噪がぴたりと止んだ。かと思えば、いつぞやの杉江に代わり俺の席を占拠した沖野が、ゾンビのような顔で睨み上げ、開口一番にそう言った。
 昨日も吐かれた台詞に呆れ返ってそう返すも、沖野だけでなく教室中の空気が俺に突き刺さるほど刺々しいことには気付いていた。そんなまさか、どいつもこいつも古典に何の思い入れがあるというのか。

「違えよそのことじゃあねえよ!」
「他に何が……現国の3位と実用英語の4位か?」
「うるせえさり気なく自慢混ぜてんじゃあねえよ!! 俺が――俺たちが怒っているのは!! 我々を差し置いてお前に彼女ができたことだ!!」

 机をばんと叩き立ち上がった沖野の怒号に賛同するように、教室中から雄たけびが上がった。他校にお礼参りに行く直前の不良校のような光景だ、なんて呑気な事を言ってもいられない。

「か……彼女って、何のことだ……?」
「惚けんな! お前がどこぞの女子に告られてんのを見た奴がいる! なあエコ!!」
「超美人だったよー」
「杉江!?」

 悠然と足を組んで座る杉江は、いつも通りへらへらしながらとんでもない着火剤をクラス中にばらまいたようだ。
 やめてくれ、よりにもよってモテたいが為に硬派を気取り男子校に来てしまった故男に告白されるばかりで一向に女子との出会いが無く日々苛立っている沖野に渡仲のことを言わないでくれ。
 というか、どうして杉江が知っているのか――そういえばこいつのバイト先は俺の家からそう遠くない位置にあるんだった。時間潰しに寄ることくらい容易に想像がつく。
 まさか見られていたなんて……しかも、俺が渡仲からの告白を保留にしてしまった原因とも呼べるこいつに……

「はあ……いや、待ってくれ。告られたのは認めるけど、別に彼女じゃあ――」
「振ったのか!? エコ曰く超美人の女子を!? 馬鹿なのか、ええ!!? おいみんな! こいつ火炙りにしようぜ!!」
「血祭じゃー」
「興味無きゃ無理に参加しなくていいんだぞ別府」

 この教室だけ西暦が199X年にまで遡っている。しかもほぼモヒカン役だ。まずいぞ、火炙りにされる前にきちんと誤解を解けるだろうか。

「待て待て待て! 断ってもない! けど付き合ってもない!」
「つまり……八つ裂きだー!! こいつよりにもよってセフ――」
「違う!!!」

 沖野の顔面に鞄を食らわせ、強制的に黙らせた。流石にそれは俺だって怒る。
 いや、まあどちらにせよ俺の選択は褒められたものではない。ので、自分の中で答えをはっきりとさせるまでは誰にも言わないつもりだった。だというのに、杉江に見られるとは。しかも言いふらされるとは。お前、俺には文化祭のことを口止めしておいて……
 仕方ない、ここは正直に白状すべきか。

「……まだ答えてない」
「は?」
「1週間の猶予を貰った。それまでにはっきりさせる」

 無事世紀末は過ぎ去った。がしかし、相変わらず空気は俺に冷たいままだ。

「ヘタレかよ」

 真っ先に口にしたのは、別府だった。沖野ならまだしも、別府に言われると心に刺さる。
 別府の暴言を皮切りに、俺への罵詈雑言や質問責めが一気に始まった。

「お前、折角のチャンスをどうして台無しに!? そんなん向こうも冷めるだろ!」
「馬鹿なの!? 死ぬの!?」
「可哀想に、彼女も、お前のファンクラブも……」
「かーっモテる男は違うねえ!!」
「ちょっと待てファンクラブって何だ」

 その後、バーゲンセールの商品の如く大勢に囲まれた俺が席に着けたのは、朝礼が始まる直前だった。
 因みにファンクラブのことだが、実在はしないようで、何人か俺を好きだと言う奴がいるという話を聞いただけのことだそうだ。良かったんだか良くないんだか……

 授業が終わり、休み時間になれば再度取り囲まれるんじゃあないかという不安に駆られていたが、その心配は杞憂に終わった。何だ、単に騒ぎたかっただけか。
 何だか朝の疲れが今頃になって表れたようで、ぐったりと机に突っ伏した――ばかりだというのに、ブレザーの襟を引っ掴まれて強引に起き上がらされた。
 誰かと思い無理やり首を曲げると、別府のいつも通りの気の抜けた半目が俺を見下ろしている。目が合うなり襟から手を放し、持ち主のいない杉江の席に腰掛けた。

「エコ丸のことなんだけどさー」
「お、おう」

 本人のいないところで出された名前に、思わずどきっとした。別府は何も考えていないようで、意外と聡い面がある。俺が渡仲への返事を保留にしている理由にも勘付いて……というのは無いか。
 別府はいつも通りのゆるい笑みを浮かべつつも、眉尻を下げて困ったような顔をした。俺の机で頬杖をついて、今朝杉江がしていたように足を組むと、唇を尖らせてぼそっと呟いた。

「なんか今日、機嫌悪くない?」
「……は?」
「『は?』って言われても、そのまんまの意味なんだけど。何か知んないけど、ぴりぴりしてる」

 そう言われても、俺にはいつも通りの杉江にしか見えなかった。別段顔色が悪いわけでも雰囲気が刺々しいわけでもなく。様子がおかしいところと言えば、話からして昨日もバイトだった筈なのに授業中一睡もしていなかったことくらいか。
 別府とは違い俺には思い至る所が無く、どう返していいかわからず戸惑うばかり。その様子を見兼ねてか、どこを見てそう判断したのか、俺が聞くより先にその答えをくれた。

「足組んでたじゃん?」
「うん」
「うん」
「……うん? それだけ?」

 別府は力強く頷いた。絶句する以外どうしろと言うのか。

「やー、馬鹿にするもんじゃあないよ? だってエコ丸がイラついてる時以外で足組んでんの見たことないもん」
「……本気?」
「本気本気。まあ、いつもは機嫌悪い時ってあからさまにイライラしてるんだけど、なんか今日は普通っぽくしててさ? そこも気になんだよねえ」

 口調のゆるさに反して、そこそこ真面目に杉江を心配しているようだ。
 確かに杉江は普段から感情を露わにするタイプではあるが、全部が全部表に出しているわけではない。でなければ、今頃こんなことにはなっていなかった……なんて、断言はできないが。
 しばらく口を半開きにしてぼーっとしていた別府だったが、突然両手の人差し指を俺に向けた。

「日野っち、エコ丸に聞いてきてよ」
「は、俺!? 何で……」
「えー、だって俺、変に首突っ込んでエコ丸に嫌われたくないし?」
「俺だってやだよ、杉江に――」

「嫌われんの」と、続けることができなかったのはどうしてか。友達に嫌われたくないのは当然のことであるし、別府と同じようにそう言ってしまえば何もおかしくはなかった。
 変に意識しているから、途中で口を噤んでしまったのだ。自分でもよくわかっている。

「んー? 何々? エコ丸に? どしたの日野っち、続けなよ」

 別府が何やら訳知り顔でにたにた笑っているのは想定外だった。こいつ、まさか本当に何か知ってるわけじゃあないだろうな。俺だってよくわかっていないのに。
 何を思ってそんな顔をしたのか聞いてみたものの、2限目の始業を知らせるチャイムに阻まれた。
 チャイムと同時に教室に戻ってきた杉江に椅子を返し、別府は廊下側の自分の席へと戻って行った。俺と別府の組み合わせがそんなに珍しかったのか、杉江はきょろきょろと俺たちを交互に見た後首を傾げていた。

「べっぴーと日野川が2人で話してんのって珍しいね?」
「そ、そうか?」
「うんうん。何話して――やっべ、先生来た」

 授業が始まり慌てて前に向き直った杉江からは、とても別府の言うような機嫌の悪さは感じられなかった。不機嫌と言うよりかは、単に眠そうに見える。まあ、いつも寝ている授業中にずっと起きていたのだから、そりゃあ眠いだろう。
 やはり別府の考えすぎだ。杉江がイラついている時以外に足を組む姿を、たまたまあいつが初めて見ただけに過ぎない。

 そう高をくくっていられたのも、6限を杉江がサボるまでだった。普段寝てこそいるものの、授業自体出ないなんて初めてのことだ。保健室に搬送された時を除いて。
 まさか杉江がサボると思っていなかったのは先生も同じか、授業が終わるまで、俺の前が空席であることに気付くことは無かった。

「あれ、エコいねえの?」
「エコ丸なら6限からいないよー」
「んだよ、あいつ今日掃除当番だろ」

 終礼を終えればひょっこり戻ってくるとも思っていたが、それさえもない。お陰で、杉江と同じく掃除当番である十河は文句たらたらだ。

「別府……はともかく、日野川はあいつの保護者だろー。ちゃんと見張っとけよな」
「俺がいつ保護者になったんだ。ていうか、まさか杉江が授業やら掃除やらサボるとは思わねえだろ」
「それもそうだけどよ。ま、見つけたら引きずって来いよ、今日2階の特別教室の掃除だから。あーめんどくせえ」

 十河は文句を言いつつ、箒を片手に廊下に消えて行った。
 保護者、なあ……俺は周囲からそう思われているのか。その割に、今日話したのは2限前の二言三言のみだが。
 どうして今日に限って休み時間になると同時に教室を抜けるのだろうか。いや、心当たりが全く無いわけではない。
 杉江は俺が告白されるところを見ていたらしい。ということは、俺の返事まで聞いていても何の不思議も無い。名前こそ出していなくとも、俺の気になる奴と言うのが自分だと勘付き、距離を置いているのかもしれない。
 自分の気持ちをどうこうするより先に引かれるとか、あまりの惨めさに目も当てられないのだがどうしたらいいだろうか。
 1人悩む俺の肩を叩き、別府は1限の休み時間と同じ表情で親指を立てた。

「サボりだってさ、エコ丸悪い子だね。俺たちで捜しに行こー日野っちー」

 わざとやっているのかこいつは。

「さ、捜すったって……」
「じゃあ俺は屋上行くから、日野っちは体育館裏ぁ」
「え、ちょ……別府お前、やっぱ何か知ってんじゃあ……?」
「なーんのーことー?」

 声を潜める俺を見た別府の顔は、質問に肯定で返していた。ま……マジでか……
 教室で下手に食い下がっても、朝のように視線を集めるだけだろう。ここは大人しく別府の言うことに従い、体育館裏に杉江を捜しに行くことにした。
 別府がこの場所を俺に来させるというのが引っ掛かって仕方ない。何せ極端な話、この場所であったことが原因で、現状俺が朝のような目に遭っているのだから。あ、いや、被害者面をできる立場じゃあないな。
 しかし、もし本当に杉江がここにいたとしたら、別府が何か企んでいると確信することに――

「……んあ、日野川……何で……?」

 なってしまった。
「何で」と聞きたいのはこっちだ。お前こそどうしてこんな所で横になっているんだ。

「今日、掃除当番だろ。十河キレてたぞ」
「えー、そうだっけ……いいや、サボる」
「さぼ……お前、今日どうしたんだ? 別府も言ってたけど何かおかしいぞ?」
「そんな日もあるよ、俺だっていい子じゃあないんだ」

 何故かふて腐れたような言い方で、杉江は寝返りをうってそっぽを向いてしまった。
 このまま放置するわけにもいかず、頭を掻き毟った後、杉江の近くに腰を下ろした。場所も相まって、あの日のことを思い出す。今回杉江は女装をしていないし、俺も歩いてここまで来たので息切れもしていないが。
 それでも心臓が落ち着かないのだから、やはり整理する時間が欲しくなる。
 考え事と、なんとなく気まずいので黙っていると、やはり杉江の方から先に口を開いた。

「……ごめん」
「え?」
「告白。その……立ち聞きする気は、無くて。話しかけようとしたら偶然聞こえて」
「あ、ああ。こっちも悪かったよ、気付けなくて」
「何謝ってんのさ……言いふらそうとも思ってなかったんだけど……沖野君、が」

 そこで一旦言葉が途切れた。沖野がなんだって?
 名前を呼んで続きを催促すると、ハッとしてから話を再開した。そんなに眠いのか。

「うん。沖野君が今朝、また呼び出されて……告られると思ったら、『日野川のことが好きなんだ』って相談されたって。で、周りが……その……」

 今度は敢えて濁された。
「気にしないから」と続きを促すと、ごにょごにょと聞き取り辛い声量で話された。

「『日野川の嫁はエコだろ』って」

 それでも確かにそう聞こえた。
 顔から火が出るようだ。周りからそう認識されているのだと、何度も脳内で反芻する。その度顔の熱は高くなっていくばかり。
 この場で黙り込むのはまずいと、反射的に声帯を震わせたが「へ、へえ~」と小刻みに震えた声が出てしまい時間を巻き戻したくなった。

「ご、ごめんね、なんか最近ほんと俺、無意識のうちに日野川んとこ行ってるみたいで……男なんか嫁に貰いたくないよね」
「そこなのか気にするのは、別にいいけど」
「だから、誤解解こうとして……横顔しか見えなかったけど可愛い子だったし、普通に付き合うと思ってたから、彼女って言っちゃって、それで……」

 とりあえず、今朝の世紀末状態に至るまでの流れは理解できた。元凶は沖野か、あいつめ。
 他に杉江が謝ることは無い。後は起き上がらせて十河に引き渡せば任務は完了だ――と思いきや、杉江の話にはまだ続きがあるらしい。妙にたどたどしく、「あの、その」と口を閉じようとしない。

「あのね、単純に羨ましいって気持ちもあんの。女子に告白されて、しかも美人。でもね、なんかね」
「何だよ」
「わかんないけど、寂しくなった。日野川取られるみたいでやだって。それでなんか、顔に出てたみたいで、バイト早退させられたし、そのクセ寝れないし」
「……は」

 お前、それ自分で言ってる意味わかってるのか。わかってるんだろうな。もう俺の顔面温度はこれ以上上がらないぞ。
 自分を落ち着かせようとしているのか、頭からは次々と文字の羅列が溢れてくる。が、溢れかえる文字を上手く処理できず、余計に混乱に陥るばかりだ。まともに発する言葉も選べない。

「杉江、お前――それって、俺が告られてるの見て、妬いたってこと?」

 口をついて出たのは、よりによってそれだった。
 我ながらスマートさの欠片も無いが、それでもいい。ここで杉江から返ってくる言葉によって、俺の答えが大きく変わる……ような、気がする。それを俺がどう思うか、が最も大切なのだが。
 俺に背を向けたままこちらを見ようともしない杉江の姿をじっと見つめる。穴が開くほど見つめ、見つめ、見つめ――答えが返ってこない。
 もしやと思い、その左肩を掴み軽い力で引いてみた。
 ……案の定、寝息を立てている。今のは全部うわ言か。顔の熱が引くと同時に、どっと疲れた。何だよ、期待だけさせておいて。
 しかも、やけに顔が赤いと思い額に手を当てれば、あまりの熱さに思わず手を引いた。様子がおかしいと思えば熱まで出していたのか。驚くべきか呆れるべきか。どちらとも取れない感情から額を軽く叩いてやれば、眉間に皺を寄せて「ううん」と唸るだけに終わった。
 試しに頬を抓って見ても鼻をつまんでみても、よほどひどいのか目を覚ます気配すら見られない。
 だったら……

――今ならキスしてもバレないよな。

 な、んて……
 無意識にそんなアホなことを考えてしまう自らの脳を戒めるべく、コンクリート製の壁に頭を打ち付けた。じんじんと響く痛みに思わず悲鳴を上げる。
 馬鹿なのか、いや、問うまでも無い馬鹿だ! 高熱に魘される友達にキスする馬鹿がどこにいる!!
 まあ、お陰で自分の中の気持ちはよくわかった。渡仲に返す答えも決まった。
 ひとまず、こんなところにいると風邪は悪化するばかりだ。保健室に連れて行こうと、強引に腕を引いて負ぶった。予想を超える軽さは今日一番の驚愕ポイントだ。
 杉江はまだ何かぶつぶつ言っているが、もうほとんど言語として成り立っていないので、聞き流すことにした。
 だから俺の台詞も聞き流してほしい。

「俺さ、お前が好きだよ。杉江」

 聞こえないことがわかっているから、ちゃんと言葉にできた。
 やはり俺はとことん情けない男だ。


*


「そっか。ま、なんとなくこうなるとは思ってたよ。幸せになってよね」

 俺の返事を聞いた渡仲は、そう言って帰って行った。笑ってはいたが、悲しさを隠せてはいなかった。
 その翌日の教室で、告白を断ったことを沖野に告げれば瞬く間に教室中に広まり、俺はまた裁判にかけられるかの如く吊し上げられた。断った理由は死んでも言わなかったが。
 人に言うのはまだもう少し先だ。今度は本人がちゃんと聞いている時に、「好きだ」と伝えられるようになってからだ。

「えー、勿体ねーのー」

 漸く熱が下がり、数日振りに顔を見せた杉江から、そんな他人事のような台詞を吐かれない日を迎えられてからだ。

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