忍者ブログ
15 June

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

19 January

Narcissus03:お前には必要ない(前編)

※BL※
長くなるので前後編です


日野川「空気読んで本編じゃ聞けなかったんだ。杉江、バイトは?」
杉江「昨日今日は工場の日だったんだけど、それどころじゃねえから行かない。行く日だけ時間までに連絡するシステムだから大丈夫」
日野川「一昨日は?」
杉江「本屋。レジ何回かミスった」
日野川「……明日はノーミスで終われるといいな」
  





 
 
 
――今も俺の一番はエコ丸なわけ。ていうか、エコ丸以外の友達はどうでもいいって言うか?
――俺と一緒にいるの嫌になった? 別に構わないよ。だってオッキーはエコ丸じゃないもの。
 
 先日の別府の声が脳内に蘇る。
 窓から射し込む夕日に照らされた別府の笑顔は、ホモでも何でもない男の俺からしても綺麗だと思った。が、その内容たるや、理解できる範囲を軽く越えていて、帰ってから頭痛と吐き気を併発した。おかげで兄と姉が右往左往して心配していたが。
 先述の台詞なんか、あいつがいかに壊れているかを顕しているだろう。同性の親友に依存して、しかも恋愛感情なのかさえもわからないらしい。最早友人への執着だとかより、「神を崇拝している」と言われた方が近いとさえ思える。
 日を置いて漸く落ち着いた筈の俺の頭痛が悪化しているのは、その台詞も原因の一端を担っている。
 
「ひのかぁ……遂に着拒された……」
「……どう声をかければいいものか」
「俺もどう声をかけられれば復活するものか……」
 
 昨日から休んでいる別府は、その唯一神もとい唯一の親友の番号を着信拒否したらしい。
 
 昨日、別府が休んでいることに気付いた後、エコがえらく落ち込んでいるのを見た時には、「これが噂に聞く共依存とかいうやつか」と内心ドン引きしていた。いくら見目麗しい自称天使と愛嬌のあるクラスのマスコットとはいえ、男二人が依存し合っているなんて俺にはとても耐えられそうになかったからだ。
 しかし、いつも通りを装って昼飯をエコと宰と共に摂れば、その共依存は俺の勘違いらしいことがわかった。
 
「杉江、大丈夫か? 授業中ずっと起きてたろ? 先生みんな心配してたぞ」
「通常聞くことのねえ台詞だな」
「うん……それがさ、べっぴーとケンカしちゃって……」
 
 ああ、成程。朝からエコが異常なまでに落ち込んでいたのは、親友が休んだ寂しさなんかではなく、温厚な親友を登校拒否に追い込むほど怒らせたことへの罪悪感だったようだ。
 色々あって忘れていたが、そう言えば別府からあの話を聞く少し前、エコが別府に避けられている気がする、としょげていたことを思い出した。
 その時はケンカなんかはしていない様子だったが、遂に二人の間に生じた亀裂はその域に達してしまったらしい。
 とはいえ「ケンカ」とやらの詳細は、エコが口を割らなかったのでわからない。俺としては、偶然が重なっただけだと思うのだが。
 だってそうだろう。あいつにとって何より大事なのはエコ。俺たちモブ友人は勿論、自分自身さえこのエコより大事なものはないと、そう口にしていたのだ。
 それがたかがケンカで、不登校になるほど怒るだろうか? 挙句あいつは特待生だ、そんな無駄に欠席日数を増やすようなことをするだろうか?
 大方、軽口叩くノリで暴言とも取れる発言をした翌日にたまたま体調を崩して休んだ、なんてオチだろう。
 明日になれば、登校した別府が「何~? エコ丸俺が怒ったと思ったの? そんなわけないじゃんね~?」などと、大層愉快そうな顔でエコをからかって解決だ。
 
 それが、昨日の俺の考え。
 だがそれも間違っていたようだ。でなければ、わざわざ着信拒否なぞしようものか。
 散々自分にとって家族とエコ以外はどうでもいいみたいな話をしておいて、ケンカしたくらいで登校拒否だの着信拒否だの、意味がわからない。頭痛も再発するというものだ。
 
「……かけ間違いとかじゃねえの……」
「おはよう沖野君。家電じゃあるまいに、いつも通り携帯に登録してる番号にかけたよ」
「別府ん家の家電にかけてみたらどうだ?」
「べっぴーの家、電話繋いでないんだって。べっぴーとお母さんの携帯だけって」
「メールとかSNSは」
「SNSはそもそもやってないし、メールもシカトされてる」

 顔を見れば目の下にうっすらとクマを作ったエコが、普段よりツートーンばかり低い声で淡々と、俺の中での自分と別府の距離を離していく。
 
「お前マジで何言ったんだよ……」
「うーん……」
 
 そう聞けばエコは頭を抱えるばかりで何の言葉も寄越さない。思い当たる節が無いのか、人に言えないような内容なのか……
 しかし、宰と目を合わせて頷くと、意を決したような面持ちで、二人揃って俺に向き直った。
 
「この際だから、沖野には話した方がいいような気がする」
「な、なんだよ……」
「ここじゃ言えないんだけど、昼休みちょっと屋上来てもらえる?」
「屋上出らんねえだろ」
「ドアの前ってことな。まあ、その……大逸れた話じゃねえから……」
「ただ、べっぴーとの喧嘩の大前提になるから。まあ、覚悟はしといて」
「大逸れた話じゃねえんだよな!?」
 
 再確認のつもりで投げた問いは、HRの開始を告げるチャイムと同時に登場した担任の声にかき消された。
 大逸れてはいないが覚悟が必要な二人の話。様々な憶測が俺の然程容量の大きくない脳内を占めていく。
 
「沖野、ちゃんと授業聞いてるのか? 杉江すら昨日からちゃんと起きてるんだぞ」
「そーだそーだ」
「杉江は明日から寝てたら机ひっくり返すぞ」
「ひぇ……」
 
 とりあえずエコは話の前に一発デコピンでも見舞ってやろう。
 
「あ、杉江は今まで授業中寝てたの不問にしてやるから昼休み倉庫整理手伝え」
「ジーザス」
 
 デコピンをくれてやる前に、俺の頭が放課後までパンクせずに済むかが心配だが。
 
*
 
 
「はあ!?」
「まあ、そうなるよねー」
「一応他の奴らには内密にってことで……」
 
 で、ギリギリパンクしない程度にいっぱいになった頭を抱えて屋上前の踊り場に行ってみれば、まさかの暴露をされてしまった。
 いつの間にやら宰とエコがデキていたらしい。いやまあ、それも考えなかったわけではないが、「そんなまさか」と脳から廃棄した案だったもので驚いている。
 いつぞや八つ当たりからそんな噂を立ててやろうと教室の片隅で企てたことはあったけれども。うわあ、マジか……俺預言者じゃん……
 
「て言っても、日野川も言ったように言いふらす気は無いので、別に眼前でイチャついたりはしないしいつも通り過ごすから」
「夢か何かだと思ってくれりゃいいから」
「夢でいいならわざわざ言うなよ……」 
「言わなくていいなら俺らだって言ってないよ。べっぴーとのケンカに関わってくるから話したんだって」
 
 これがどう関わってくるのか……というのは、大方察しがついている。
 
「……別府がお前らに気使ってエコと距離置いてたのを、エコがやめろっつったとか?」
「わ、ご明察。もしかしてこの前の話、覚えてた?」
「あー、まあ……」
 
 そら見ろ。
 別府はエコと宰が一緒にいられる時間を少しでも増やすため、自分がエコといるのを我慢しようとしていた。
 一方で、エコはそんな別府の気遣いが不要だった。宰は大切だけど、別府は別府で大切な存在だから。
 別府の言うところ、「愛されて育った」エコは、恋人と親友を同時に得る自分の幸せに何の後ろめたさもない。というか、それが普通だろ。
 が、別府はそれが出来ない。「愛されずに育った」、「自分は幸せになっちゃいけない」。あいつが自分の中でどう理由づけているかは知らないが、エコが幸せになる為に、自分は全部我慢するべきだと考えている。
 そのズレがエコの言うケンカに繋がっているのだろう。
 
「……俺の言い方が悪かったのかな……ケンカ腰になったつもりは無かったんだけど……」
「ちなみに何つったんだ?」
「うろ覚えだけど、できる限り再現するね。えっと……『俺と日野川のことなら、気使わなくていいよ? べっぴーとも遊びたいしさ。勉強の邪魔にならなきゃ、だけど』……って感じ」
「俺も昨日聞いたけど、言葉選びはともかく、ニュアンスと声のトーンはこのまんまだと」
「フツー、だな」
「だよな」
 
 悪意のある改変でもされてない限り、今聞いたエコの台詞で別府が怒る様は想像し難い。
 あの話を聞いてなければ、の話だが。
 
「因みに、当の別府は何つってたんだ?」
「『意味わかんない』ってそのまま帰った。目が笑ってなかったから、怒ってたのは気のせいじゃないと思う」
「おぉ……」
 
 正直なところ、別府の半生をまとめて聞かされたところで俺には到底あいつの考えは理解出来ないし、感情移入も全く出来ない。
 ので、あえて俺の思わない――完っ全にひねくれた考え方をしてみよう。
 さっきも考えたことだが、別府がエコと距離を置いたのは「エコの幸せの為」。
 幼少期から、弟の為に同様に我慢を重ねてきたあいつは、これっぽっちも弟を恨んじゃいなかった。それがあいつの中で普通だから。それが正しい答えだと思ったから。ここまではまあ当たっているだろう。
 エコが別府に言ったことは、嫌な言い方をするが「お前の気遣いは不要だからやめろ」に等しい。実際別府がそう受け取ったのなら、エコが、あいつが大切で守りたいと思ったものこそが、あいつの今までの人生を否定したことに……なる、んだろうか……
 
 あくまでこれは俺の考えであるし、正しいとは言いきれない。
 けれど、このことを伝えるだけでもエコの中の「俺が悪いのかもしれないけど何が悪いのかわからない」現状は打破できるのではなかろうか。
 
「なあ、実は」
 
 ここで別府の声が記憶の底から甦ったのは、俺の危険察知能力が優秀だからか、どこかであいつ自身が呪いでもかけているのか。
 
――エコ丸には秘密にしてね。一応、日野っちにも。
――もし破ったら、俺がオッキーの筆おろしするから。
 
 ぴたりと止まった台詞は、自分でも不自然に思うほど綺麗に途切れてしまった。目の前では、一人足りない見慣れた顔が不思議そうに俺の声を待っている。
 ここにいないもう一人は、実は俺の背後にひたと張り付いてはいないだろうか。冷たいものが背を這うように、ぞっと皮膚が粟立った。
 
「沖野? どうした?」
「へぁ……いや、その……さ、さっきから便所行きたくて!? ここ寒ぃしとっとと教室戻ろうぜ!」

 今まで散々俺を小馬鹿にしてきたが、それでも初めて見るような顔でエコがため息をついた。こいつこんな凶悪なツラするのかよ、よく付き合ってるな宰。
 
「けど、確かにそろそろ戻った方がいいかもな」
「えー、日野川までー」
「教室の掃除もそろそろ終わる頃だろ? カバン取りに行かねえと、日直が鍵閉められないし。それに杉江、お前またどうせ熱出してるんだろ」

「ぐぅ」とは口に出さなかったが、まさにそんな声がぴったりな顔でエコが黙った。
 授業中起きてはいるものの、態度自体は普段と変わらないと思っていたので驚きのあまりさっとエコの額に触れた。「温い」と男子校で言われても嬉しくない評価を貰う俺の手だが、そんなのよりもずっと熱い。
 全く気付かなかった、流石彼氏。
 
「お前……こんなんだから考えまとまらないんじゃねえの」
「否定しきれないのが悔しい」
「もう帰れよ」
「別府には俺からもメール……あ、俺も駄目かな……まあ、一応送っとくから」
「俺ももっかい送っとく……」
 
 高熱を出している割にはしっかりとした足取りで、しかしあからさまにとぼとぼと落ち込んだ様子で階段を降りていった。
 悪いエコ、実は俺も不本意ながらお前より事情を知ってしまったけれども、協力してやることはできない。巨乳の美女なんて我儘は言わないから、せめて卒業の相手は女子であってほしいんだ。
 俺が到底口には出せない懺悔を胸の内でしていると、戻ってきた教室の扉から黒い影が飛び出した。まあ、制服が黒いから誰が出てきても黒い影なんだが。

「あ、エコ丁度戻ってきたわ。代わる」
「何でラッキーの電話に俺が出るのさ、誰?」
 
 飛び出してきたのは、電話を耳に当てた樂木だった。何の因果か、こいつも名前だけではあったが別府の話に出てきたな。
 まさか別府の奴が樂木経由でエコに電話を? なんて疑ってみたものの、結局エコの質問に返ってきたのは俺の知らない名前だった。
 
「もしもし、エコだけど。俺の番号知らなかったっけ?」

 体調が悪いとは思えないような、不自然なほどに普通の明るい声で電話口に話すエコ。
 その後ろで、宰の方がそわそわと落ち着かない様子に見えた。知らない誰かと彼氏が電話してるのが嫌なタイプなのかお前は。
 おかんだの兄貴だの、クラスメイトたちから慕われている友人の隠れた小ささを垣間見た俺は、また脳内の“人に話せない秘密フォルダ”の容量を増やしてしまった――なんて思っていたが、エコの声が強ばった為にそのデータはそのままゴミ箱に吸い込まれていった。

「え……冗談でしょ……?」
 
 別府をして「ただのバカ」と称された樂木は、クラスメイトが突然坊主にしてきた二ヶ月後に「髪切った?」なんて言い出すような奴であることを先に伝えておこう。
 それが、怪訝そうに顔を顰めてエコをじっと見つめている。それくらいには、エコを中心にこの狭い範囲の空気がガラリと変わった。
 宰が落ち着かなかったのは、こうなることを見越していたからとでも言うのか。ここにいる中で一番変化の少なかった宰は、教室の中に駆け込むなりすぐにカバンとコートを二つずつ持って持って戻ってきた。
 
「……あ、はは……もー、いきなりそんなん言うから面食らったわ……大丈夫だって、心配しすぎ。公園なら俺が帰りに見てくから。お前疲れてんだよ、今日は早く寝なね。うん、明日電話するから。ああ、俺は番号知ってるよ。うん、うん、平気平気、じゃあまた」
 
 エコが電話を切るなり、真っ先に口を開いたのは樂木だった。
 
「……え、何だよ。何かあったん?」
「いや、多分勘違い。あいつ、兄ちゃんが犯罪者かもーとか言っててさ、びっくりしたわ。まあ、話聞いてたら勘違いっぽかったけど」
「公園って駅前の?」
「そうそう。そこで何かするーみたいな話ししてたの聞いたんだって。俺、帰りにちょっと見てくわ。ラッキーこれから部活っしょ? 何もなかったら後で報告しまーす」

 多分、エコより宰の様子がおかしいからだ。俺には、エコが樂木の話をとっとと切り上げて逃げようとしてるように見えた。
 
「日野川、カバンありがとー」
「ああ。じゃ、帰ろうぜ」
「うん。じゃーね二人共、また明日~」
「気付けろよー」
 
 さっきよりも足早に見えるのは、多分気のせいじゃない。
 樂木との会話を聞く限り、電話の相手は二人の共通の友達……多分、中学の同級生とかだろう。話に出た公園ってのも、こいつらの地元の話だ。
 俺は別に、エコや樂木の中学時代の話を詳しく聞いたわけでもなし、二人と地元が近いわけでもなし。全くもってこの件には関係ない。ない、筈なんだが……
 
「んじゃ俺も帰るわ」
「おう、じゃーな」
「お前も帰り気つけろよ、何か物騒な話してたし」
「いや、今話してた公園、駅の反対側だから別に帰り道じゃねえんだわ」
「ねえのかよ」
「ま、そらエコも同じだけどな。あいつお人好しだなー」
 
 すっかり小さくなった二人の後ろ姿を見送る樂木だったが、すぐに「日野川移ったんじゃねーの」とぼやきながらカバンを取りに教室に戻って行った。
「嫌な予感」と言うやつだろうか、心臓や肺に何かが絡みついてるような不快感が今の話で増した。
 先の宰と同様に、そそくさとカバンとコートを引っ掴んで教室を飛び出した。ブレザーは椅子にかけたままだったが、取りに戻る余裕は無い。
 コートを着ながら数段飛ばしで階段を駆け下りる。正直何度かヒヤッとしたが、お陰で校門を出るより先にエコと宰のすぐ後ろに追いついた。
 自分でもどうしてこうなったのかわからないままに「俺も行く」と声かけようと口を開く。しかし、それもエコの震えた声に遮られてしまった。
 
「幹がさ、『別府望君って知らない?』って不安気に聞いてきた」
 
 モトキ。確か、さっき電話していた相手の名前だ。
 全然知らない奴の口から、どうして別府の名前が出るのか。エコに遮られた声は、声帯をぎゅっと絞められたような苦しさに負けてどこかへ行ってしまった。
 
「急がないと、べっぴーが本気で危ないかもしれない」
 
 
 
*
 
 
 
 別段、自分を嫌いだと思ったことはなかった。自分がいらない人間だって思ったところで、俺の中でそれが即ち「自分が嫌い」という感情には繋がらなかったのだ。
 けど、今回ばっかりはそうも言っていられない。俺なんか嫌い、最悪、産まれてこなきゃよかったのに。
 俺はただ、エコ丸に幸せになって欲しいだけだった。
 それが、何であんな悲しそうな顔させちゃうかな。
 そりゃ、折角日野っちがいるのに、エコ丸が何で俺に気を使うのか。日野っちといられる時間が増えたのに、何でエコ丸が満足してくれないのかわかんなかった。

「だからって、あんな言い方ないよねぇ……」
 
 自己嫌悪からくる独り言は、胸の中のモヤモヤに反して白い色で現れて、すっかり暗くなった空の中に消えた。
 俺もあんな風にすうっと消えられたらいいのにな。
 去り際に見たエコ丸の顔が頭から離れない。絶対に傷つけた。これじゃああいつと同じじゃないか。
 明日も学校は休もう。昨日も今日も、エコ丸の気持ちがわからなくて、合わせる顔が無くって、いっそいなくなりたくて、学校に行く気になれなかった。母さん達に心配かけるから、制服姿で家は出たけど。 

 こんな辛い気持ち、ずっと忘れてた。
 エコ丸といるのは楽しかった。日野っちやオッキーみたいな、『普通の』友達といるのも当たり前になっていた。
 みんなと仲良くなる前の俺に戻れるかな。戻らなきゃ。
 エコ丸から離れても寂しくないって思えるようにならないと。またエコ丸に気を使わせたら悪いから。
 
「えっと、望君?」
「あ……はい」
「良かった。待ち合わせ、遅れてごめんね」
「大丈夫です、ちょっと考え事してたんで。えっと、掲示板の?」

 どこか軟派な印象のその人は、人の良さそうな笑顔で肯定した。
 昔の俺に戻らなきゃ。その方法として手っ取り早いと思ったのが、掲示板で待ち合わせすることだった。
 俺を愛してくれる、誰とも知らない人と。
 
「考え事? ……何か、嫌なことでもあった?」
「まあ……」
「そっか……とりあえず、ここじゃ寒いしどこか食事にでも――」
「ううん」
 
 優しく俺の肩を抱いてくれたその人の袖をくい、と摘んだ。昔から、この手の仕草は「しおらしさ」でも感じさせるのか、喜んでもらえた。
 そのまま上目遣いで、俺よりも結構高い位置にある目を見つめた。少し目尻の垂れた双眸が見返してくる。
 
「つらいから、早く忘れたいの」
「……俺は、どうしたらいいかな?」
「痛くてもいいから、激しくして? このままホテル行こ?」
 
 両手を相手の首の後ろに回す。
 長い襟足が俺の手の甲をくすぐって、控えめにふられた香水のにおいが麻薬のように理性を奪う。
 そうだ、この感覚だ。鼓動が早くなって、鳩尾の辺りから身体が熱くなって、くらくらする。
 暗くなっているとはいえ、外だというのに自然と唇を啄んだ。
 
「俺のこと、めちゃくちゃにして……」
 
 熱っぽく誘惑して、掲示板で使われていたハンドルネームを吐息混じりに耳元で呼ぶ。
 
「おねがい、惣一さん」
「ああ、俺でよければ」
 
 もう一度だけ、軽くキスをした。

拍手

PR