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15 June

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06 June

Narcissu05:ぼくらはずっと友達ですか?

※BL※






 いつもより遅い時間の電車は、心做しか人が少なく思えた。
 シートに腰を下ろしている数名は皆それぞれ退屈しのぎに携帯電話をいじったりゲームをするなり眠りこけるなり、自分たちの世界に没頭している。下手に人の多い喫茶店なんかより、もしかしたら居心地がいいのかもしれない。
 そんな中で沖野と別府は、乗換の駅までの長くも短くもない間、声を潜めて会話を交わしている。

「オッキー、いつの間に二人のこと気付いたの?」
「気付かねえわ。普通に今日二人から聞かされたんだよ。おめーとの喧嘩に関係あるからって」
「俺のせいかー。嫌わないであげてね」
「別に、露骨にイチャつかれねえ限り気にしねえよ」

 沖野が同性カップルになった友人二人に対して否定的でないことに、別府は露骨に驚きを顔に出した。
 普段、みんなこれの何がいいのか度々告白されてはげんなりとした表情で世の中を呪わんばかりに負のオーラを背負っているくせに。そう思い切り顔に書かれていたので、その時ほどではないにしろ、不機嫌を視覚化したような顔で睨みつけてやった。

「俺に何かするわけじゃねえから気にしねーよ」
「あれ? みんなで勉強会した時、俺がエコ丸にキスすると思ってビビってたって日野っちから聞いたよ?」
「ビビってねえわ。目の前でキスとか『露骨にイチャつく』の代名詞だろうが。俺の精神衛生上よくねえ」
「じゃあ告られるのも?」
「たりめーだろ、俺が当事者じやねえか。俺はホモじゃねえ、可愛い彼女が欲しい」

 別府が小さく「立場」と呟く。何が言いたいかはよくわかった。その頭部に軽く手刀をお見舞してやる。そんなことは言われずとも承知している。
 叩かれた頭部を撫でながら、別府は「そうそう」と思い出したように沖野に向き直った。

「ていうかオッキーさ、エコ丸に俺の話どこまでしたの?」
「は? するわけねえだろ脅迫されてんのに」
「キョーハクて君」
「確かに言いそうにゃなったけど、俺は何も言ってねぇ――あ、降りんぞ。お前も乗換だろ」

 返した答えが想像と違っていたのか、別府は僅かに首を傾げている。が、丁度乗換駅に着いた為に沖野に続いて電車を降りた。
 はぐれないよう時折振り返って確認してやると、別府は俯いたままぐっと口をつぐんでいる。
 そんなに納得いかないのか。何が不服なのか、直接聞いてやろうと沖野が口を開こうとした時だった。

「……オッキーんちってどの辺?」
「あ? 上り一駅」
「あれ、じゃあもしかして日野っちの家近い?」
「近かねーけど、中学は運動部がよく宰んとこと練習試合とかしてたな」

「当時会ったことあるわけじゃねえけど」と補足するも、別府はそこまで興味を持っている訳では無いようで「ふーん」と一言だけ返すだけだった。

「お前ん家は?」
「俺んちは下りに三駅」
「そうか、気ぃつけて帰れよ」
「うん」

 丁度来た上り電車からまばらに降りる乗客と入れ替わりに沖野たちが乗り込むと、軽妙な駅メロディが短く流れ、電車の扉が閉じた。
 自分が誤って下り方面の電車に乗ってしまったのではないか。沖野は不安になり、目を凝らして真っ暗な窓の外を眺めるが、やはり車掌がアナウンスした次の停車駅は聞き慣れた地元駅の名前。
 改めて隣にいる別府に視線を戻すと、にこにこと不安な様子一つ見せずに沖野をじっと見つめている。
 何となく、期待されている気がする。
 思い通りになるのは癪だが、それはそれとしてここで流していいことでもないだろう。

「……何でいんだ?」
「今日泊めて?」

 猫なで声で、両手を顔の前で合わせる姿は「あざとい」なんて形容詞がよく似合うことで。同性である以上、沖野としては全くそそられないけれど。
 電車移動が終わるまでの短い間、沖野はその返事をせず――と言うか寧ろ一言も発しなかった。電車の走行音だけが二人の間で鳴り続ける。
 眠そうな声の車内アナウンスの後、すぐに到着した駅に二人揃って降りるとやっと沖野の言葉が声帯を通過してきた。

「何言ってんだ」
「そのツッコミを繰り出すにはあまりに時間をかけすぎじゃない?」
「絶句してたわ。何だ急に、どういう流れだよ」
「うーん。うちさぁ、前も言ったけどアパートで親子三人貧しい暮らしをしててね。母さんは働きに出てるけど、弟は俺と一緒に寝てるんだ」

 返ってきたのは欲しかったのとは違う答えだった。
 そうじゃない、俺が聞きたいのはどうして急に泊まりたいなんて言い出したかだ。
 そう改めて聞くことができなかったのは、別府が薄く笑いながらぼろぼろと涙を零し始めたからだった。

「こんなさぁ……俺が泣いてちゃ弟が心配するでしょ」
「お前……」
「あー……ていうかほら、この並びだと確実にオッキーに泣かされたと思われるけどいいの?」

 心配してやったら途端にこれだ。どんな状況でも飄々としていて食えない奴。
 しかし自分で言うのも何だが、確かにこのままでは次の電車で降りてきた乗客にいじめの光景と勘違いされかねない。致し方ない、ここは家に連れていくしか……

「待ってろ、家に電話する」
「ありがとー」

 半ば脅しのくせに何が「ありがとー」だ。
 家に電話をかけると真っ先に姉が出た。
 やれ帰りが遅いだの、友達来るならパーティしようだの騒がれたが、普通にしてろと念を押してから電話を切った。母に妙な伝わり方がしなければいいのだが。
 どちらにせよ許可は下りた。姉曰く、夕飯はカレーだそうだから特に作り直す必要も無いだろう。
「行くぞ」と先導し、別府の前を歩く。一応ちらと後ろを確認したが、ちゃんとついてきているようだ。

「ごめんね」

 近くを救急車が通り過ぎた。
 サイレンに何かかき消された気がしたが、なんとなく聞きたくなくて、何も反応は示さなかった。


 *


「さっくんおかえりー! ご飯にする? お風呂にする? お部屋片付けといたよ!」
「飯」
「あ、いらっしゃい初めまして桜哉の姉です~。いつも桜哉がお世話になってます。この子無愛想でしょ? 学校で浮いてないか心配だったんだけど、こんな可愛い子が友達だなんてもう安心しちゃう!」
「飯」

「これからも仲良くしてあげてね~」と、台詞と共にフェードアウトして行った姉が恥ずかしくてたまらない。別府のことだ、あからさまににやにや笑って「さっくんだって」と小馬鹿にしてくるのだろう。
 睨むように一瞥くれてやると、意外にも特に反応を見せず、寧ろこちらの視線に怪訝そうな顔をしていた。

「何?」
「あ? いや、別に……ほら、上がれよ」
「おじゃましまーす」

 とっくに泣き止んではいるものの、妙にしおらしい。からかわれないのはいいが、調子が狂って仕方ない。
 荷物とコートを暗いままの自室に半ば投げ入れ、大人しくてとてと着いてくる別府をリビングまで連れていくと……――

「さく! 彼女連れてきたって本当か!?」
「この短ぇ距離でどうやりゃ伝言ゲームしくじるんだよ」
「えー私ちゃんと言ったよ? 『さっくんが可愛い子連れてきた』って」
「おめーの言い方がわりーよ。彼女出来たらもっと浮かれるわ」
「ん、男……? 兄ちゃん、さくが選んだ人なら性別とか気にしないからな!」
「気にしろや! いや、ちげーからな!? 普通の友達だわ!」

 キッチンから母に怒鳴られ、三きょうだい の漫才は一旦幕を閉じた。
 食卓に並んだカレーとサラダに緑茶を添え、寝巻き姿の母は気恥しそうに別府に笑顔に向けた。

「ごめんなさいねちゃんとおもてなし出来なくって」
「いえ、僕も急にお邪魔したので……」
「いいのいいの。騒がしい家だけど、いつでも遊びに来てね。あ、騒がしすぎたらそうね……殴っていいから、桜哉を」
「何で俺だ!?」

 そそくさとキッチンを後にした母は息子の質問には答えず、わざとらしく「おほほほ」なんて笑い声だけを残していった。
「普段そんな笑い方しねえくせに」と小さく毒づいた沖野は、別府を客人用の皿の前に座らせ、向かい合う形に並べられた自分専用のコップが置かれた側の椅子に腰掛けた。
 そしてその隣を姉が、別府の隣は兄がそれぞれ陣取った。

「何なんだよ!? 部屋戻ってろお前らは!」
「しーっ! またお母さんに怒られちゃうでしょ?」
「おめーらが俺に構い倒さなきゃそこまで騒がしくねぇだろ」
「え、オッキー学校でもそこそこうるさい方だよね」
「別府……!」

 三対一の構図に一気に絶望感が増し、盛大な溜息の後、スプーンでカレーを口に運ぶ作業に移った。
 こちらに座った割に、やはり姉も別府に興味津々なようで、兄と共に質問をぶつけまくっている。

「お名前は?」
「別府です。別府望」
「別府くん? 変わった苗字だね!」
「そうですか? うちのクラス、もっと珍しい苗字いっぱいいますし」
「へー。さく、全然学校の話とかしないからなあ。あいつ上手くやってる? 心配で心配でさあ」
「んーと……人気者ですよ」
「別府余計なこと言うな」
「余計なことって何だ。まあ、友達が多いなら何よりだな」
「うんうん。可愛い末っ子がいじめられてないかって思うとご飯も喉を通らないし……」
「姉貴今月二キロ太ったっつってたろ」
「桜哉余計なこと言うな」

 賑やかな食卓の中ちらと別府を見ると、笑ってはいるものの、やはりどこか落ちて見える。まだ本調子ではないらしい。
 兄姉は喧しいが、あのまま喋らせておけば別府もそのうち回復するかもしれない。ここまでではないとはいえ、杉江も賑やかなタイプだから。
 カレーを咀嚼しながら時折別府の様子を窺うと、次第にいつものそれに近い、だらしのない笑顔が浮かんでいった。

「あ、さっくんカレーおかわりする?」
「いらね。二キロ太りそうだし」
「お前シメるぞ」
「風呂入る」

 別府は特にコミュニケーション能力に問題があるタイプでもなし、兄と姉からの質問に答えるだけなら10分くらいもつだろう。
 シャワーを浴びるだけならそれくらいで済む。早く出て来て部屋に連れ戻そう。そのうちまた騒がしくなって母が怒りかねない。
 それと、別府が余計なことを言わないとも限らないし。

「別府マジ変なこと言うなよ」
「言わないよー」

 念の為に釘をさして、リビングから風呂場までを足早に駆け抜ける。
 鍵をかけ、乾燥機からタオルと着替えを取り出し制服を脱ぐ。ここからは時間との勝負だ、別府が余計なことを言うより先に今度はあいつを風呂に入れる。
 普段の倍のスピードで動くよう指の先にまで指示を出してシャワーを浴びれば、風呂場を出る頃には新記録更新を期待できる程度の時間しか経っていなかった。
 頭もろくに乾かさず、スウェットを着てタオルを被りリビングへと戻った。

「さく、お前一学期赤点とったってマジ?」
「別府ーーーーーーっ!!」
「えーだめだったー?」

 だめだった。守れなかった。自分の矜持を。
 膝から崩れ落ちて魂の慟哭を上げるが、母の寝室から地を這うような声が聞こえたのですぐに黙った。
 すっかりいつも通りのへらへら笑いに戻った別府の襟首を掴み、兄と姉から没収する。おもちゃを取り上げられた子供のように駄々をこねられるが、それさえも妙に楽しそうなのが気に食わなくて、そのまま別府を風呂場に連行した。

「着替えは俺ので悪いけどこれな、袖は余ったら捲れ。タオルは来客用のこれ、シャワーの出し方は見りゃわかんだろ。シャンプー類は好きなの使え、以上」
「いっしょに入る?」
「んでだよ、さっき入ったわ。ドライヤー俺の部屋に持ってくからそっちで使え」

 雑に説明だけして、ドライヤーを持って部屋に戻る。ついでに、来客用の布団を適当に敷いておいた。
 が、その後を慌てた別府が追いかけた。

「ごめーん、ちょっとゆっくりしすぎた」
「俺の知らねえうちに時間でも飛んだのか?」
「いやお風呂でじゃなくて。早く家に電話しないと、母さん仕事行っちゃうから泊まるって連絡つかなくなる」

 珍しく見てわかるくらいに慌てている。
 そういえば今朝、杉江が言っていたような。別府の家は母と別府の携帯以外に電話が無いと。
 小学生の弟がいるとも言っていたが、こういう時不便だろうに。
 電話の邪魔にならないようにドライヤーは電源を入れず、終わるのをぼうっと待った。

「もしもし、望だけど。あれ、浩平? うん、そうなんだ。そっかそっか、いい子だねー。あ、と。今日また兄ちゃん友達の家に泊まることになったから。最近多くてごめんね。うん、じゃね」

 電話の相手は弟だったようだ。自分たちはともかく、杉江と話す時とも違う優しさの溢れる声色が、なんだかむずがゆい。

「いやー、お邪魔したね。いってきまーす」
「おう」

 電話を切るなり、またいつも通りに戻ってしまったけれど。
 それより気になったのは、泊まりが最近多いということ。その泊まりは、今日阻止したそれと同じ理由でのことなのだろう。
 その最中だって、きっと自分たちに見せるのとは別の顔をしている筈だ。勿論、弟ともまた異なる。
 見たくないと思った。
 普通に、男同士の情事で友達が別の顔を見せているところなど。他意など無い、そんなものは無い。
 果たして、本当にそうなのか。今の沖野にはわからなかった。


「お風呂上がったよ」

 ドライヤーもすっかり冷めた頃、風呂から別府が戻ってきた。
 やけに時間がかかった上、少し声のトーンが低い。のぼせでもしたかと、ドライヤーを渡す際にちらと顔色を窺った。
 赤いのは目の周りだけだった。また泣いていたのだろう。帰り道に見た泣き顔が脳内に蘇る。
 髪を乾かす横顔も俯き気味で、何だかもやもやする。
 デリカシーが無いだのなんだの言われるのは癪だ。が、女子に言われるでもなし、このままこの別府から何も聞かないでいつも通り仲良くしましょうねーなんて方が気持ちが悪い。

「……貸せ」
「え?」
「遅え、俺がやる」
「えーそりゃーごめんね……いたたたたたた、オッキー、オッキー雑すぎんよちょっと」

 別府の髪をタオルでがしがし拭きながらドライヤーを当てる。時間も時間だし、とっとと済ませたい。
 冷風と温風を交互に当てること数分。完璧とまではいかないが、普通に過ごすには充分なくらいに髪は乾いた。
 そそくさとドライヤーを脱衣所に戻し、タオルを洗濯機に投げ込んだ。ついでに自分と別府の制服も。
 部屋に戻ると、自分の髪を触る別府が感嘆の声を漏らしていた。

「えー何あのテク? 超時短じゃん」
「姉貴仕込み。ってんなこたどうでもいいんだよ」

 部屋のドアを閉じ、ベッドに座る。別府を見下ろすと、まだ赤い目に見返された。
 むしゃくしゃする。別府にそんな目で見られたことなんて一度もなかったから。
 いつも何考えてるかわからないような顔をして、愉快そうに人をおちょくって、その上で更にへらへら笑って。
 どうしてそんな弱々しい顔をしている? 自分の中のイメージとのギャップにやるせなくなる。

「なんで急に泣き出した」
「……どストレートだね」
「まどろっこしいのは合わねえ」
「オッキーって意外と自己評価できてるよね」

 減らず口に悪態で返せば、別府はまた目を伏せた。
 話しづらい内容とでも言うのだろうか。前に散々ロクでもない半生を語って聞かせたくせに今更何を。

「うーん……わかんなかった。なんで泣いたのか、自分でも」
「はあ?」
「色々あってさぁ。エコ丸と喧嘩したり、危ない目に合わせたり……でもって、エコ丸が『また俺のこと嫌いになったなら』って言っててさ。オッキーが喋ったんだと思ったら腹立ったけど、違うんでしょ?」
「おう」

 合点がいった。帰りの電車で、別府が妙なことを口走っていた意味がここでわかった。自分たちが現場にたどり着く前のやりとりだろうので、知らなくても仕方ないのだが。
 あの話の時実は陰で杉江も聞いてた、なんていうことは無いだろうし、当時既に気付いていたのかもしれない。そんなことは沖野の知ったことではないけれど。

「それで色んな気持ちでぐっちゃぐちゃになって。でも寂しいとか悲しいとかムカつくとかとは違うっぽくて……さっき風呂で一人で考えてー、それっぽい答えは出せた」

 だからそれを言えと言うに。沖野がそう催促するより先に、別府は目を伏せたまま答えた。
 その横顔は、見覚えのない穏やかな笑みだった。

「嬉しかったんだよ、みんなが来てくれて」

 面食らった。
 たったそれだけのことで泣くほど嬉しいなんて。杉江はともかく、自分と日野川なんて結局相手の姿すら見ていないと言うのに。
 だって、友達の身に危険が迫っていて。それをよりによって一番役に立たなそうな杉江が助けに行くと豪語して。どちらも心配だったし、助けに行くのが普通だと思う。
 とは言え、聞かされた彼の幼少期のことを思い返せばそれほど大したことと捉えられるのも当然なのかもしれない。
 父からは虐待を受け、祖父からはいないもののように扱われ、学校では腫れ物扱い。高校で杉江と出会うまで、友達らしい友達なんていなかっと言うし。

「だからね」
「あ?」
「友達になってくれてありがとう」

 別府はいつもゆるい表情を浮かべていて、そのほとんどが喜と楽だったのは確かだ。
 それなのに、こんな風に笑うことが出来たのかと思うような、朗らかで優しい笑顔を初めて見た。話すようになって半年以上が経過したけれど、見たことのない表情がまだこんなにあるなんて。
 台詞も相まって照れくさくて、思わず視線をそらす。

「バカ言ってんな。あれぐれーで感動してるとこの先ショック死すんぞ」
「えへへ、かもねー……でも、嬉しいもんは嬉しいんだよ。ちゃんとお互いに想い合える友達がいるなんて」
「そんなんでこの先どうすんだよ? お前修学旅行の班決めの時点で号泣じゃねーの」
「えっ来年も一緒にいてくれるの?」

 鳩が豆鉄砲をくらったような、とはこのことか。そんな別府の驚きようにこちらが面食らう。
 寧ろ、ここまで来て更に半年後の修学旅行までに喧嘩別れなどする方が考えられないのだが。

「……ああ、お前あれ忘れてんのか? 俺らの代、文理クラス一組だから全員自動で三年も同じクラスだぞ」
「それはわかってんよ。でも、そっか。そうだね、それがオッキーなりの答えなんだもんね」
「何嬉しそうな顔してんだ。バカにしてんのか?」
「してないよ~。オッキーって意外と優しいよねってこと」
「意外でも何でもねーだろ」

 またこうして「言うね~前言撤回~」だの言われて元通りだ。そう想定して、あえて別府の褒め言葉に対し謙遜の色一つ見せず得意気に肯定して見せた。
 意外なのはそちらの方だ、別府はそんな沖野を嘲ることはしなかった。

「そうだね」
「……は?」
「オッキーが何でモテるのか、わかった気がする」

 代わりに、妙なことを言い出した。

「俺の何が悪い」
「良いとこって意味なんだけど」
「男にモテる理由がわかればそれを女子に向けることも出来るだろ!?」
「必死か。知らないよ、俺は男だもの」

 そう言ってくすくす笑って、ようやっと沖野の知る別府の顔に戻った気がする。
 変に気を張り続けていたから疲れた。見慣れたあほ面に思わず吐く息が大きくなった。

「えー何? そんな女子にモテたきゃ他の人に聞いてよ。八代とかよく彼女半年に一度は機種変してるって言ってるじゃん」
「何であのクズが良くて俺がダメなんだ……そうじゃねえよ、気が抜けただけだわ。ほら、お前さっきまでしおらしかったろ」
「えー、だって初対面の人の前ではいい子にする習慣ついてるしー」

 過剰なぶりっ子ポーズが絵になるところがまた腹が立つ。
 ツッコミ待ちを今度はスルーした。そろそろ眠たくなってきた。今日は無駄に頭を使ったり走ったり冷や冷やしたりで非常に疲れたのだ。
 安心した拍子に睡魔が力を増した。言葉を並べるのも億劫で、浮かんだ言葉をそのまま投げそうになる。
 しかしそれはまずい。余計なことまで言ってしまいそうになる。最後の最後だ、脳を絞ってなんとか、誤解の生まれない言い換えをしなくては。

「……気持ち悪いんだよ、妙によそよそしいの」
「気持ち悪いってひっどいなぁ、オッキーのお姉さんは可愛いって言ってくれたのに」
「見た目じゃねえよ。こう、なんかむしゃくしゃするっつーか……とにかく、いつも通りでいりゃいいんだよ。変に気取ってるのとか、見たくねえ」

 沖野としては、悪くない言い方だったと思う。スマートさだとか何だとかいうことではなく、変な雰囲気にはならないだろうという言い方。
 友達として、出来るだけいつも通りに近く且つ伝えたいことだけをストレートに伝えられるような言葉を選んだつもりだった。

「やーだもーオッキーちょー優しいじゃん笑うわ」
「お前マジでそのうちはっ倒すからな」
「今の台詞、明日エコ丸に言っていい? 自動的に日野っちにも伝わるけど」
「あークソ言わなきゃ良かった! もう寝ろ! 寝て全部忘れろ!」
「忘れないように録音するからもっかい言って」
「寝ろ!!」

 電気のスイッチ紐を二回乱暴に引いて豆電球だけにすると、沖野は不貞腐れたようにベッドに潜り込んだ。

「オッキー、俺真っ暗じゃないと寝れない」
「自分で消せ」
「はーい」

 ばちんとスイッチの切れる音がして、部屋は僅かな光を残して真っ暗になった。
 光が無くなるその瞬間。別府がまた、誰一人として見せたことの無い表情を浮かべていたのを、沖野は知らない。

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