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22 July

ECHO11:この先ずっと、お前の傍にいたいんだ

※BL※





「日野川―、今日飲み行かねえ?」
「悪い、帰って飯作らねえと」
「あーそっか、もう月末かあ」
「大変だよなあ、お前の年上彼女。印刷会社の営業だっけ?」

 すっかりサークル内で定着してしまった、俺に対する誤解。とは言え、お陰でみんなが妙に察してくれて結果的には助かっている。
 二十歳を超えて以来強引に誘われていた飲み会にも、俺に年上の彼女がいるという話が広まってからは気を使って声をかける程度の誘いに留めてもらっているし、そもそも相手が俺達の関係をあまり大っぴらにしたがらないので誤解を解く必要も無さそうだ。
 あっさり帰宅を許され、スーパーに寄って駅から歩いて15分程度のアパートに帰った。遅くなるとは言っていたものの、元より定時の早い会社だ。7時半には帰ってくるだろう。

「ただいまあ……」

 俺の予想通り、そんな声が玄関から聞こえてきたのは、あと少しで料理が出来ると言ったタイミング。タイマー機能の付いたデジタル時計を見やれば、表示されていた数字は見事に「1928」。
 唯一予想外だったことはと言えば、毎月末死にかけているんじゃあないかと心配になる声音が、今日は輪をかけて生気を失っていることくらいか。
 余程疲れているらしい、俺の恋人――エコは、一目散に俺の背中に抱きついて顔をぐりぐりと肩に埋めた。念の為、油から菜箸を引いておいて正解だった。

「おかえりエコ。何かあったのか? 物凄いグロッキーだけど」
「聞いてよぉ。今日ね、先輩から引き継いだ営業先に、担当変わるって挨拶に行ったんだよ。そしたら何か、急にキレられた。担当変わるなら取引辞めるとか云々……僕悪くなくない?」
「理不尽だな……よしよし、今日も頑張ったな? もう夕飯できるから着替えて来いよ」

 空いてる手でエコの頭を撫でてやると、機嫌が直ったのか「えへへへ」と気の抜けた笑い声が聞こえた。

「宰、本当に癒し……流石僕の嫁」
「嫁はエコだろ?」
「おうおう、夜の話してんなら今日は僕が上になるよ?」
「いくら可愛いエコの頼みでもそれは許さん」

 口を尖らせて「ちぇー」なんて言いつつ、寝室に消えるエコの足音は軽やかだった。

 高校を卒業して、俺は東京の大学に進学、エコは計画通り東京の企業に就職した。両親、特に親父さんは猛反対したらしいが、半ば家出同然で飛び出してきたようだ。本人からこんな話は聞いていないが、エコの妹に泣きつかれたと、別府を伝って俺の耳にも入った。就職の際同意書は一体どうしたのか……その問いも、笑って誤魔化されるだけに終わった。
 このアパートも、俺が「就職するまで友達とルームシェアする」なんて言い訳で親を説得し、借りている。書面上ではエコが俺の家の居候ということになるのだろうが、実際家賃もその他諸々の費用も、殆どはエコが出しているのだからどちらが家主かわかったもんじゃあない。
 ただ確かなことは、俺とエコは恋人で、同棲してて、何だかんだ幸せな毎日を過ごしている。

「宰ぁ、今日ご飯何?」
「コロッケ」
「マジか、精神回復した」
「本当好きだな」
「宰が作ったから好きなんだよー」

 本っっっっ当に幸せだ……
 付き合う前に一時期険悪というか、目も合わせてくれない時があったとは思えないほど、今のエコは好意を表に出してくれる。勿論2人きりの時だけだが、それでも充分幸せだ。
 と言いつつ、何だかんだエコがこうなってくれたのは早かった。早かったと言うか、初めて体を重ねた翌朝にはもうこうなってた気がする。



*



 気絶した杉江を無断で抱き続けた罪悪感で死にたくなりながらも、睡魔には勝てなかったようだ。玄関の開く音で目を覚ませば時計は9時を指している。遅刻どころの騒ぎじゃあない。
 母さんの帰宅に、いつも通り部屋に直行してくれることを願っていると、昨日洗濯機を回したまま干すのをすっかり忘れていたことに気が付いた。洗濯機の中を見られたら部屋に殴り込んで――いや、普段は学校に行っている時間だから大丈夫か……
 頭痛がひどくて頭がろくに回らない。ついでに腰と腕も痛い。昨日寝落ちる前に大方片付けてしまっておいて正解だった。この状態でシャワーなんか浴びたら事故につながりかねない。
 杉江は大丈夫だろうか。俺なんかよりずっと無理をさせてしまっていたから。服も着せ直しはしたが、何分こいつはすぐに熱を出す体質だし――案の定、額に手を当てればじんわりと熱が伝わってきた。
 母さんが寝室に行ってから10分ほど経ったろうか。いつも通り、既にぐっすり眠っている筈だ。
 この隙に洗濯機を回さなければ。ああ、1度の洗濯に3回も洗濯機を回したなどと知れたら拳骨は確実だな……そうならない為にも、とっととミッションを終えなければ。
 杉江に布団を掛け直し、一度部屋を離れた。1時間もあれば杉江も目を覚ますだろう。俺より早く寝たんだし。

 などと言いつつ早1時間。杉江はまだ夢の中だった。
 馬鹿か俺は、杉江が一度寝たら起きないのは十二分に知っていることだろうが。
 ……ここは、別府直伝の技を使う他あるまい。

「おい起きろー、杉江ー……1回普通に起こしたからな? ……黄麻君」
「ひっ……!」

 以前別府がやったのと同じように、耳元で名前を呼んでみれば、全身から警戒心をむき出しにした杉江が両腕でガードの形を取って飛び起きた。
 起きてくれたのはいいが、この起こし方による拒絶反応の原因を俺は知っているのだと思うとあまり使いたくはない。これしか起こす方法が無い以上は仕方ないのだが。

「おはよう杉江」
「……おはよ」

 不安気な眼差しに頭を撫でてやると、杉江は昨夜のことを思い出したのだろう、顔を真っ赤にして俯いた。くそ、俺の中で2つの感情がせめぎ合っている……

「飯、食えるか?」
「たべ――うお、いってえ、なにこれ」
「ああ、あんま急に動くな……ごめんな、昨日無理させちまって」
「ん、へーき。日野川の愛の証だもん、なんてね」

 ちらとこちらを見るなり、語尾にハートでも付いていそうなあざとい声音でくすりと笑った。だからこちとら体力も尽きかけているし、これ以上お前の体に負担をかけたくないと言うのに。

「お前はもう……! いつからそんなこと言う子になったんだ。熱の所為か?」
「何でお母さんみたいな台詞なんだ。熱ていうか……だって俺、日野川の恋人でしょ?」

 内臓が焼き尽くされんばかりに体温が急上昇する。流石にこれは言った本人も顔を真っ赤にして枕に突っ伏してしまった。
 昨日とはまた違う沈黙が俺と杉江の間に走った。あの殺伐とした雰囲気とは違い、すごく幸せに満ち溢れた甘い沈黙だ。
 色々言いたいことはあれど、何もかもを押し破って最初に出てきてしまう言葉はやはり――
「ああ……好きだ」
「えへへ、俺も」
「お前、昨日とは別人みたいだな?」
「何かもう吹っ切れたっていうか、散々昨日も言ったし、そもそもやることやってるし」

 恥じらいは一体どこへ捨てたのか、なんて問いたくなるような物言いだ。言っていることは事実だが、もう少し何か無かったのか。

「俺が意地張ったせいでちょっと遠回りになっちゃったお詫びに、今は精一杯甘えてやりますよ」
「何で上からなんだ」
「嬉しくない?」
「嬉しいに決まってんだろ」

 俺の返答に、杉江は待ってましたと言わんばかりの満面の笑みで「いちゃいちゃしよー」と両腕を広げた。ここに飛びこまない選択肢が果たしてあるだろうか。
 どうせ今から学校に行ったところで昼前に着くか着かないか。母さんも熟睡中で、よほどのことが無い限り起きやしない。そして何より俺も杉江も、体中が痛んで仕方ない。後から後から言い訳を脳内で綴る頃には、既に俺の体はベッドの上に横たわり、杉江を力いっぱい両腕で抱きしめていた。「苦しいよ」なんて台詞も、ひどく幸せそうに吐かれれば両腕から力を抜くこともできない。
 暫くそうしていると、だらしない笑い声が「いてて」と小さく漏らした。

「あ……えっと、ごめんな?」
「違う違う、今のじゃあなくて……昨日変な方に反ったりしたから」

 どちらにせよ俺の所為だが……甘い空気に流されてうっかり忘れていたけれども、どの道俺は杉江に謝らなければならないのだ。
 ばつが悪く、「あー」と唸った後、杉江の痛めた右のわき腹をそっと擦る。罪滅ぼしという程でもないが、なんとなくこうしないといけない気がした。

「……あのな杉江、俺はお前に謝らないといけないんだ」
「なーに? 身体痛めたことならお互い様でしょ?」
「まあ、それもあるんだけどな……昨日、お前が気失った後な…………しばらく続けてました」

 例えるなら、ドラマなんかで今の今まで流れていたピアノ調の和やかなBGMがぴたりと止まったような。一瞬、何もかもが急停止したように感じられた。なんとなく顔を合わせづらく、杉江の頭を胸に抱きこんでいる状態なので、どんな表情を浮かべているかはわからない。
 逆に杉江には、罪悪感から早まる俺の心音が良く聞こえる筈だ。ので、こちらの心情は手に取るようにわかるだろう。
 暫しの間を置き――とん、と胸に額をぶつけられた。

「俺は日野川の何だっけ?」
「こ、恋人です……」
「それがわかってりゃいいです。俺も先に寝ちゃってごめんね」
「仕方ないだろ、虚弱体質なんだから」

 何故かこちらの方が気に障ったらしい。俺のわき腹に衝撃が走った。杉江の腕が振り落されたのだ。

「痛え……本当のことだろ」
「そんなことないもん……」
「とか言って、今も熱出てるだろ? 2週間くらい前もそれで授業サボってたし」

 と、自分の言葉で思い出した。
 俺は杉江に聞かなくてはならないことがある。というか、今なら答えてくれそうなので今のうちに聞いておきたい。
 まだ拗ねているのか、べしべしと俺の腰を叩く杉江の名を呼ぶ。途端に手を止めて俺を見上げる杉江に、昨日までの刺々しさは微塵にも残っていない。

「あのさ、昨日言ってたあれって……」
「あれ?」
「体育館裏でお前が寝落ちした時の。聞いたとか聞いてないとかさ」

 今のデレッデレな杉江なら答えてくれるだろうと、ストレートに聞いてみた。が、どうもこれも虚弱体質同様触れられたくなかったことのようだ。表情を引きつらせると、俺の胸に顔を埋めてしまった。

「かわいく誤魔化しても気になるもんは気になる」
「かわいく誤魔化したんだから気にしないでくれよ」
「あれか? 俺が取られるみたいでやだって言ってたやつか?」

 腕の中で、わざとらしいほど杉江の肩がびくっと跳ねた。かと思えば、余程混乱しているのだろう、暴れるようにして俺の腕の中から逃れ、ベッドから床に転落した。死角から聞こえてくる悲鳴は、一体何の感情から出たものだろうか。
 あまりの慌てぶりに呆気にとられ、微動だにできなかった。何度か瞬きを繰り返すと、ホラー映画が如く、ベッドの脇に指がかけられた。続いておずおずと現れた目は、ホラー映画とは似ても似つかない、涙目になった俺の恋人のもの。

「……俺、そんなこと言ったの……?」
「言ってた。って、それのことじゃあないのか?」
「うえぇ……もういいじゃん、それも十分恥ずかしいわ……」
「散々好きって言ってたろ、今更何だ」
「今更だから恥ずかしいんでしょ……」

 シーツに顔を押し当てる杉江と、「言え」「言わない」の応酬を繰り返す。
 後半は最早、余裕をかますようになった杉江を今のうちにいじめてやろうという悪戯心にすり替わっていたが、なんやかんやで先に折れたのは杉江の方だった。
 腹を括ったのか、上目に睨む顔からは赤みが引いている。

「1回しか言わないからね。聞こえなくてももう言わないからね」
「だからって、わざと聞こえないように言うのは無しだぞ」
「わあってるよ……あのね、日野川」

 その先を聞くなり、再度杉江をベッドに引きずり込んだ。湧き出る感情は、俺の体を大人しくさせてくれず、最上の喜びを両腕いっぱいに表現する。
 抱きしめた杉江の耳元で一言「俺も」と言わずにはいられなかった。

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